以前見学に行った高齢者のグループホームでの出来事でした。
そこの施設の利用者さんは他の施設の方と比較し、明らかに表情が明るかったのです。その理由を施設長さんに尋ねたところ、「ここの施設では何をしても『ありがとう』と言っている」とのことでした。
良いことをしてありがとうと言うのは当たり前ですが、そこの施設では、ご飯をこぼしても、他の利用者さんと喧嘩をしても、トイレの失敗をしても『ありがとう』と言うことを徹底していたとのことです。
認知症になってしまった方は、もし間違ったことをして、他人が正しいことを教えてもそれは理解できません。もし怒っても、そこから学ぶことはなく「怒られた」という悲しい感情だけが残ってしまいます。では逆に間違ったことをしたときに『ありがとう』と言ってしまったらより間違ったことが正しいと思い、より間違いを助長してしまうのではないかという意見もあると思います。しかし、認知症の方は『ありがとう』と言われたからといって、それが「正しい」と思って間違った学習することもないので、『ありがとう』と言われて「嬉しい」という感情だけが残るのです。
そのように何をされても『ありがとう』と言うことを徹底することで、表情が穏やかになり、精神的に安定してくるため、最終的には怒りっぽさや問題行動は減っていくとのことでした。
認知症は脳の病気であり、記憶力や理解力といった認知機能は低下しますが、人としての『心』はそのまま残っているのだなと感じました。
また、認知症に限らず、「病気=不幸」と考えてしまいがちですが、どのような病気であっても、その人が幸せか不幸かということはまた別の問題だと思います。
決して治療をあきらめるというわけではありませんが、本人、家族、医療者の焦点が「病気を治す」ということだけでなく「幸せな生活を送る」ということに少し視点を変えてみると、今まで見えなかった多くのことが見えるのではないかと思います。