2022年3月16日水曜日

「やる気がない」「仕事ができない」、、、本当に? 

   季節の変わり目、環境の変化等、何かとストレスのかかる時期ですね。皆さんいかがお過ごしでしょうか?「最近なんかやる気が出ない」「なんかすぐ疲れる」等と感じることはないでしょうか?今日は少しうつ病について考えたいと思います。

うつ病の症状としては、不眠、食欲低下、気分の落ち込み、意欲の低下、興味の減退、集中力の低下、無価値観や過剰な罪悪感、希死念慮などがあります。このような症状により著しい苦痛があり、日常生活に支障をきたしている状態が2週間以上継続した場合にうつ病と診断します。また、その他に頭痛、めまい、動悸、倦怠感等の身体症状も出現する頻度が多く、6割以上の方が最初に内科を受診します。
うつ病になってしまうと、集中力がなくなるので仕事が遅くなり、ミスも増えます。それにより「仕事ができない」と勘違いされ、自信をなくしていきます。また意欲が低下するので積極的に物事に取り組めず周囲からは「やる気がない」と思われてしまいます。不安感が強くなり、普段であれば何とも思わないようなことで不安になってしまい、またマイナス思考となり自責的になってしまうのでどんどんと悪循環にはまってしまいます。自分にゆとりがなくなってしまうので、ついイライラしてしまいます。こういった症状は「病気の症状」として捉える必要があり、ここまできてしまうと「考え方を変えよう」と思ってもなかなかできません。また、うつ病の状態では冷静な判断ができなくなっているので、「仕事を辞める」等の重要な決断は、ある程度症状が改善して冷静な判断ができるようになってからにしましょう。
うつ病の病態機序はまだ完全に解明されてはいませんが、病態の一部にセロトニンやノルアドレナリンなどのモノアミン系の神経伝達物質欠乏が関与するというモノアミン仮説がよく知られています。治療薬とされている「抗うつ薬」ではこれらのモノアミンを補う形で、うつ病の症状を改善させる働きがあります。うつ病になった場合には「病気」という観点で治療する必要があります。うつ病の状態で仕事をするというのは、足を骨折している状態で50m走をするようなものです。しっかりと休養して回復する必要があります。「もしかして」と思った場合は、お近くの精神科、心療内科を受診してみてください。
         精神科・心療内科医師 I 

2022年1月25日火曜日

寒冷の中で

 コロナ禍もまだまだ続きそうですね。「感染対策に十分注意しながら」などといったフレーズもよく聞きます。そんな中、正月のテレビ・ニュースで空手の寒稽古が取り上げられているのを見ました。「根性を鍛えようと思って」「今年は受験生なので合格祈願を兼ねて」「去年は泣いちゃったけど、今年は最後まで頑張れた」(6歳の男の子)・・・など、参加の動機や感想は様々ですが、終わった後は皆さん晴れ晴れとした顔をしていました。伝統行事というのはいいものだと素朴に感じます。

それを見ながら、以前知人に聞いた話を思い出しました。極寒の海でダイビングをする方だったのですが、そこでしか見られなし景色もさることながら、身を切るような冷たさに意味があるとのこと。

「体に入って来る冷たさや痛さ、それを感じつつもとらわれないでいると、自分の体の中から温かさが生まれてくる。そこに意識を向けていると、すごく穏やかな気持ちになっていく。自分と周囲との境界がなくなったように感じて、ここが自分の居場所なんだと感じる・・・」。そんな意識になることが度々あるそうです。何度か経験しているうちに極寒の海に潜るのが好きになったということでした。

極限状況の中で、よくそんなことができるものだと驚くと同時に、注意の向け方をコントロールする、瞑想のポイントを聴いてるようで、深く印象に残りました。そう言えば、日本でも滝行などを行う方がいますが、体の熱を通してエネルギーを高めていき、日常とは異なる意識の状態に入るという修業法もあるようです。もちろん、危険もあるので、そういったことを推奨するわけではないのですが、人間の体に秘められた奥深い力はすごいな、と思います。 

日常的にも、例えば冷たいシャワーが自律神経を刺激して、体に良いようです。もっとも、心臓病や循環器疾患のある方は注意が必要ですが。まだ仮設の域を出ないという立場もありますが、適度な範囲でストレス負荷)がかかった方が、その反作用として身体の機能が高められるということはあり得ると思います。


 日本語の「冬」(ふゆ)という言葉ですが、の語源には諸説あります。その中に「増える」(昔の言葉では「増ゆ(ふゆ)」)と関係が深いという話を聞いたことがあります。葉も落ちて冬枯れになった木々も、春になると葉が茂り花が咲くようになります。また、多くの植物は種となって冬を越え、春に新たな草花を繁らせます。昔の人は、寒冷の中で育まれる命の逞しさを感じとっていたのかもしれません。 (K.E)


2021年9月6日月曜日

植物たちの沈黙



私の周りには、いくつかの鉢植えの植物があります東日本大震災の時に出窓から全部転げ落ちてしまい、枝が折れたり、土が飛び出てしまったりもしましたが、それでも尚頑張って新しい葉を出し続けてくれました
 その中に、毎年6月半ばになると真っ白な花を咲かせ香りもいいジャスミンがあります。今年も楽しみにしていたのですが、7月になっても8月になっても花の蕾は見当たりません。蕾どころか、春先は新しい葉も出るはずなのに、どこを探しても出ていません
 ジャスミンだけではなく、隣に置いているライムポトスも静かで無言を貫いているようでした。隣の部屋のベンジャミンも、なんか元気がありません。
 水はあげているし、太陽の光も充分だし、何が原因なのか見当がつきませんでした。植物たちは春が過ぎ夏が来ても芽も出さず沈黙したままでした。
 そんな時、鎌倉の臨在宗円覚寺の横田南嶺管長の書かれた本の中に、寺の敷地内の薄木木犀の枝が枯れてしまった時のことが書いてあるのを見つけました。樹木医の先生、枯れ枝を切らずに根に栄養を与えただけだそうです。定期的に栄養を与え続けた結果、半年後、一年後には枯れ枝だと思っていたところから芽が出てきたということでした。
 ピンと来た私は、すぐ植物たちに肥料をあげました。そういえば、ずっと栄養は与えていなかったのです。一週間後、長い間沈黙していた植物たちが動き出しました。

あのジャスミンからも、ちいさな芽が10個以上吹き出るように出始めおとなしかったライムポトスもベンジャミンも、次から次へと新芽を出し始めました。


 根に栄養が足りなかったのです。
 横田管長の文章のタイトルは『根を養うことの大切さを知る』でした。私たちの知らないところで、根っこように働いて下さっている方々、又寝ている時も健康を取り戻そうと必死で動いている。もう一度その方々への感謝の気持ちと、自分の体と心への栄養の大切さを教えてもらった出来事でした

(F)



 

2021年7月6日火曜日

病気になっても幸せにはなれる

以前見学に行った高齢者のグループホームでの出来事でした。


そこの施設の利用者さんは他の施設の方と比較し、明らかに表情が明るかったのです。その理由を施設長さんに尋ねたところ、「ここの施設では何をしても『ありがとう』と言っている」とのことでした。


良いことをしてありがとうと言うのは当たり前ですが、そこの施設では、ご飯をこぼしても、他の利用者さんと喧嘩をしても、トイレの失敗をしても『ありがとう』と言うことを徹底していたとのことです。



認知症になってしまった方は、もし間違ったことをして、他人が正しいことを教えてもそれは理解できません。もし怒っても、そこから学ぶことはなく「怒られた」という悲しい感情だけが残ってしまいます。では逆に間違ったことをしたときに『ありがとう』と言ってしまったらより間違ったことが正しいと思い、より間違いを助長してしまうのではないかという意見もあると思います。しかし、認知症の方は『ありがとう』と言われたからといって、それが「正しい」と思って間違った学習することもないので、『ありがとう』と言われて「嬉しい」という感情だけが残るのです。


そのように何をされても『ありがとう』と言うことを徹底することで、表情が穏やかになり、精神的に安定してくるため、最終的には怒りっぽさや問題行動は減っていくとのことでした。



認知症は脳の病気であり、記憶力や理解力といった認知機能は低下しますが、人としての『心』はそのまま残っているのだなと感じました。


また、認知症に限らず、「病気=不幸」と考えてしまいがちですが、どのような病気であっても、その人が幸せか不幸かということはまた別の問題だと思います。


決して治療をあきらめるというわけではありませんが、本人、家族、医療者の焦点が「病気を治す」ということだけでなく「幸せな生活を送る」ということに少し視点を変えてみると、今まで見えなかった多くのことが見えるのではないかと思います。




( Dr.I   )


 


2021年5月17日月曜日

自分との対話

 ゴールデンウィークも終わってしばらく経ちますが、みなさん、いかがお過ごしでしょうか?コロナの影響で、不自由な生活がまだまだ続きそうですね。ストレスのコントロールも大切だと思います。

 今回のお便りでは、「自分との対話」という点から考えてみたいと思います。


「自分との対話」などと言うと、違和感を持つ人もいるかもしれませんが、私たちの心の中には意識的・無意識的に、いろんな思いが浮かんでいると思います。一人になると特に。みなさんはどんな言葉が浮かびやすいでしょうか。改めて考えてみるだけでも、意外な発見があるかもしれません。

 「こうすべきだ(けどできてないじゃないか)!」

 「どうすればいいんだ?」

 「このへんはうまくやれてるな。」 ・・・など、人によって様々だと思います。ですが、その中にはマイナスになりやすい(ネガティブな)言葉もあります。例えば「自分はなんで出来ないんだ」

「自分はダメだ」

「ちゃんとやらなきゃ」

「人から変に思われるのでは?」などと、何回も聞いていると力が萎えてしまいますね。


逆に肯定的な言葉を自分にかけることができると、安定した気分でいられたり、やる気を維持できたりします。優れたスポーツ選手や功績を残した人などは自分を支えたり高めたりできるような言葉かけが上手いです。普通の人が諦めてしまいそうな時でも前向きにこなしてしまうような人を時々見かけます。

 



適度な距離を取る

 人は、浮かんでくる言葉を通して現実を認識する部分が大きく、そのために、同じ状況でも嫌だと感じる人もいれば面白いと感じる人もいます。

 自分に対してネガティブな言葉かけが多い場合、適度な距離を取ってそれを観察するということが一つの方法です。「これはいつものネガティブ・パターンだな」と認識するだけでも、まずはよしとします。例えば「ちゃんと(完璧に)できていないじゃないか!」といった思いが浮かんでいるとしたら、「今、完璧にしようとしていたな」とじっくり感じとってみます。本当にたいへんなときは、これがでるだけでも違ってきます。

 そしてできれば、その言葉を否定するのではなく、対話をしてみることを試してみます。

「そんなに完璧にしないとダメ?」

「完璧にやったら認められると思うのかな」

「気持ちはわかるけど、まずはこれくらいはやってみようか」などです。


 少し時間をかけるつもりの方がやりやすいかもしれません。これができると自然に心の中の距離ができます。何かしら「自分は対処している」という実感をもてると、ネガティブな思いの強さは次第に小さくなっていくことが多いです。タイミングが合えば、信頼できる人に話を聴いてもらうというのもいいでしょう。(K.E)

 

2021年3月17日水曜日

ミクロな情報

 桜が咲き、季節は春らしくなってきました。しかし、今年はあいにく、花見は控えめですね。新型コロナウィルスへの対応はまだまだ気が抜けません。

 ウイルスや細菌は、病気の原因というイメージが強かったのですが、ヒトに対してよい働きをする場合もあるということも注目されているようです。

 有名なのが、胎児を守るしくみに関することです。胎児は父親に由来する遺伝情報が約半分であるため、母親の免疫系からは「異物」とみなされ、攻撃される可能性もあります。そうならないようにするためのしくみにウィルスの一種が関係していることがわかっているそうです。

 その他にも、進化の過程で胎盤ができたということ、生物が酸素を利用してエネルギーを使えるようになったこと、免疫系を活性化させること・・・など様々なことにウィルスは関わっているようです。

 

 細菌はウィルスより大きい存在ですが、ヒトの体内にたくさん住んでおり、特に腸内に多いそうです。腸はもちろん消化が主な働きですが、脳内物質が作られたり神経系を通じて多くの情報が伝わるなど、身体のコントロールや精神面にも大きな影響を与えています。

そこに住む細菌のうち、病原菌の増殖を抑えたりエネルギーを作るのに役立ったりするなど、ヒトの身体によい影響を与えるのが約2割だそうです。基本的には悪い影響を及ぼすのが約1割、状況によって良くも悪くも働くという場合が約7割とのことです。善玉、悪玉と単純に分けられるわけでもなさそうです。その割合は体質や健康状況によっても違うのでしょうが、人間の社会とも似たような面を感じます。

 

 現代科学は非常にミクロなこともずいぶん明らかにしていると感心しました。一方、それは私たちの生活時間ではわかりにくい情報にもさらされることを意味します。さらにこれらのことは温暖化などの環境問題、その他のマクロな視点でも考えていかなければならないことです。ミクロからマクロまで、このような情報の多様性は現代人のストレスの特徴かもしれません。

 

 今回のパンデミックはいつか収束を迎えると思いますが、生活感覚ではわかりにくいものへの対応は、今後もいたるところで出てくるでしょう。偏らず、広い視野でともに考えていく姿勢をみんなで築いていきたいものです。

2021年1月30日土曜日

忍ぶことは、「認める」こと

 私たちにとって、かつて経験したことのないコロナ禍での生活は、早1年がたとうとしています。昨年のお正月は久しぶりに故郷に帰省し、懐かしいご家族や友達とお会いした方も多かったことでしょう。お正月休みが明ける頃になると、どの高速道路も新幹線もいっぱいになる、この正月の風物詩のような光景に待ったがかかるとは、誰もが思いもしなかったことでしょう。

 確かに、10年前の2011年3月には私たちは未曽有の災害と言われる「東日本大震災」を目の当たりにしました。家族や家を失い、丸ごと故郷を奪われた方の悲しみは、まだ癒えることはありません。人々は、この時、肩を寄せ合い手を握り合って、冷えた心も体も温め合ってきました。


 今回のコロナ禍では、肩を寄せ合うことも手を握り合うことも出来ません。まるでコロナに引き裂かれるように、故郷の家族に会えなくなった方もいます。 

 我慢して頑張って、感染を止めようと必死で生きている人の間をすり抜けて、コロナウィルスは宿主を増やし続けています。


 私たちは、どれだけ忍耐すればいいのでしょうか。


 コロナ禍でステイホームが続く中、読んだ本に次のような一説がありました。


『「忍」とは、ありのままを確認し、それに徹すること。しかし、ただ苦しさや怒りやつらさを、じっと我慢するだけが「忍」ではありません。忍は「認」と同じだとするのが大乗の思想で、たとえば金剛経は、忍を「認める作用」としています。「確認」というように、認めて確かに知り、その時点で必要な行動をするのが、認であり忍です。』(松原泰道著「法華経入門」より)



 苦難をただ耐え忍ぶだけではなく、事実を確認し受け入れることで、普通では得られない生き方や考え方を学びとっていくことができるということでしょうか。


 私たちは、コロナに慣れてきたのではなく、そこから学び発見し新しい世界を築きつつあるのかもしれません。(F)


「やる気がない」「仕事ができない」、、、本当に? 

    季節の変わり目、環境の変化等、何かとストレスのかかる時期ですね。皆さんいかがお過ごしでしょうか?「最近なんかやる気が出ない」「なんかすぐ疲れる」等と感じることはないでしょうか?今日は少しうつ病について考えたいと思います。 うつ病の症状としては、不眠、食欲低下、気分の落ち込...